この論文は、サッカーの「パス」を単に「ボールを誰に渡したか」という結果だけでなく、「そのパスが相手の守備陣形をどう崩したか」という「構造」に焦点を当てて分析する新しい方法を紹介しています。
専門用語を避け、身近な例え話を使って解説しますね。
🏈 サッカー分析の「新しいメガネ」
これまでのサッカー分析は、どちらかというと**「ゴールに繋がったパス」や「アシスト」に注目**していました。
「このパスはゴールの確率を上げたから素晴らしい!」という評価です。
しかし、この論文の著者たちは、「待てよ、ゴールに繋がらなくても、相手の守備をぐらつかせているパスは重要ではないか?」と考えました。
これを理解するために、**「お城の城壁」**を想像してみてください。
- 従来の分析: 「城壁を突破して城内に侵入できたか?」(ゴールやアシスト)
- この論文のアプローチ: 「城壁の石をずらして、隙間を作ったか?城壁の形を歪ませたか?」(守備の崩し方)
🧱 3 つの「守備崩し」の指標
この論文では、パスが相手の守備(城壁)にどう影響したかを測るための、3 つの新しいものさし(指標)を作りました。
ラインバイパス・スコア(壁の突破数)
- イメージ: 相手の守備ライン(壁)を何枚も越えて進んだか?
- 解説: 相手の守備ラインを 1 枚、2 枚と飛び越えてパスが出たら、このスコアは高くなります。「壁を突き抜けた!」という感覚です。
スペース・ゲイン・メトリクス(広さの獲得)
- イメージ: パスを受けた場所が、守備が薄くなった「広場」になったか?
- 解説: パスを出す前と後で、ボールが置かれた場所の「守備の圧力」がどう変わったか測ります。守備が密集していた場所から、守備がいない「広大な空き地」へボールを運べたら、このスコアは高くなります。
ストラクチュラル・ディスラプション・インデックス(陣形の歪み)
- イメージ: 相手の守備の形が、引っ張られて「歪んで」しまったか?
- 解説: パスによって、相手の守備陣形が引き伸ばされたり、ずれたりして、元の整った形が崩れたか?を測ります。守備陣形が「ぐにゃっ」と歪めば、このスコアは高くなります。
🎯 「戦術的インパクト・バリュー(TIV)」という総合評価
この 3 つの指標を組み合わせ、**「そのパスが相手の守備に与えたインパクトの大きさ」**を一つの点数(TIV)で表しました。
- TIV が低いパス: 単にボールを回しているだけ(守備の形は変わらない)。
- TIV が高いパス: 相手の守備を突破し、広場を作り、形を歪ませた「素晴らしいパス」。
🔍 発見された「4 つのパスのタイプ」
2022 年ワールドカップのデータを使って、この指標でパスを分類すると、面白い 4 つのタイプが見つかりました。
- 循環パス(Circulatory)
- 例え: 安全な場所でボールを回している状態。
- 特徴: 守備の形はあまり変わらない。ボールを失わないための「安全運転」。
- 不安定化パス(Destabilising)
- 例え: 相手の守備陣形を少しだけ揺さぶる「いたずら」。
- 特徴: 大きな突破はないが、相手のバランスを少し崩す。
- ラインブレイキングパス(Line-breaking)
- 例え: 城壁を突き抜ける「強力なドリル」。
- 特徴: 相手の守備ラインを何枚も越えて、前線へ深く侵入する。
- スペース拡大パス(Space-expanding)
- 例え: 守備の隙間を突いて、新しい「広場」を作るパス。
- 特徴: 守備がいない広い空間へボールを運び、攻撃の余地を作る。
💡 この分析でわかったこと(おもしろい発見)
「守備を崩すパス」は、攻撃の起点になる
- TIV(インパクト)が高いパスは、ゴールに直結するとは限りませんが、**「ゴール前(ペナルティエリア)や最終ラインへの侵入」**に非常に効果的であることがわかりました。
- つまり、「守備を崩すパス」は、その後の攻撃を成功させるための**「重要な第一歩」**なのです。
チームの「癖」が見える
- 国ごとに、どのタイプのパスを好むかが異なります。
- 例:アルゼンチンは中央突破を得意とし、フランスは両サイドと中央をバランスよく使い、モロッコはサイドからの突破を好む、など。
- これまで「チームの戦術」は目で見えるものでしたが、この分析で**「数字で戦術の癖」**を可視化できました。
ディフェンダーが「攻撃の司令塔」だった
- 意外なことに、TIV(守備を崩す力)が高い選手は、フォワードではなく**「センターバック**(DF)であることが多いです。
- 現代サッカーでは、DF が後ろから守備ラインを突破するパスを出し、攻撃の主導権を握ることが重要になっています。この分析はそれを証明しました。
ゴールキーパーへのパスも「攻撃」になる
- 一見すると「後方への安全なパス」に見える、DF から GK へのパスも、実は相手の守備陣形を横に引き伸ばす効果があり、次の攻撃のチャンスを作っていることがわかりました。「ボールを戻すこと」も、守備を崩す戦略の一環なのです。
🌟 まとめ
この論文は、サッカーのパスを**「ゴールに繋がるかどうか」だけでなく、「相手の守備陣形をどう変えたか」という視点**で見る新しい方法を示しました。
まるで、**「お城の城壁をどう崩すか」という戦略を、データを使って可視化したようなものです。これにより、単なる「ゴール数」や「アシスト数」では見えていなかった、「攻撃の土台を作っているパス」や「チームの戦術的な癖」**が見えるようになり、より深くサッカーを楽しむための新しい窓が開かれたと言えます。
論文要約:サッカーにおける構造的パス分析:追跡データからのパス原型と戦術的影響の学習
1. 研究の背景と課題 (Problem)
サッカーは得点が少ないスポーツであり、小さな戦術的優位性が試合結果を左右します。近年、イベントデータと空間的・時間的追跡データ(スpatiotemporal tracking data)の入手可能性が増加し、選手行動の定量化が進んでいます。
しかし、既存のパス評価手法の多くは、「結果ベースの指標」(得点確率や所有価値など)に依存しています。例えば、VAEP や xT(Expected Threat)などのモデルは、パスがその後の得点確率をどう変化させるかに焦点を当てています。
課題点:
- 結果(アシストや得点)に直結しないパスでも、相手の守備組織を歪ませたり、空間を創出したりする「構造的価値」を持つパスが存在する。
- 従来の指標は、パスが相手の守備配置に与える影響(守備の崩壊、ラインの突破、空間の創出など)を十分に捉えていない。
- 守備組織との相互作用を定量化し、解釈可能な戦術パターンを抽出するフレームワークが不足している。
2. 提案手法 (Methodology)
本研究は、2022 年 FIFA ワールドカップの全 64 試合(41,078 回の成功したオープンプレイパス)の追跡データとイベントデータを用いて、**「パスが相手の守備組織をどのように変容させるか」**を定量化する構造的フレームワークを提案しています。
2.1 3 つの構造的メトリクス
パスの構造的効果を捉えるため、以下の 3 つの補完的なメトリクスを定義しました。
- ラインバイパススコア (Line Bypass Score: LBS)
- 定義: パスが攻撃方向において、パス提供者とゴールの間にいるディフェンダーを何人「バイパス(突破)」したかを数値化。
- 意味: 守備ラインを垂直方向に突破する能力を測定。
- スペースゲインメトリクス (Space Gain Metric: SGM)
- 定義: パス後の受信者周辺の「利用可能な攻撃空間」が、パス提供者周辺と比較してどれだけ増加したかを計算。ディフェンダーの位置に基づく密度関数を用いて算出。
- 意味: パスが守備圧力の低い領域へボールを移動させ、攻撃空間を拡大したかを測定。
- 構造的攪乱指数 (Structural Disruption Index: SDI)
- 定義: パス前後における、ボールと守備チームの重心(centroid)との距離の変化。
- 意味: パスが守備組織の形状をどの程度歪めたり、引き伸ばしたりしたかを測定。
2.2 戦術的影響値 (Tactical Impact Value: TIV)
上記 3 つのメトリクスを標準化(Z スコア変換)し、等しい重み(各 1/3)で線形結合した複合指標をTactical Impact Value (TIV) と定義しました。
TIV=w1⋅LBS~+w2⋅SGM~+w3⋅SDI~
この TIV は、個々のパスが守備配置に与える構造的な影響の総量を表します。
2.3 パス原型のクラスタリング
標準化された 3 つのメトリクスを特徴ベクトルとし、K-means クラスタリング(K=4)を適用して、追跡データから戦術的に解釈可能な4 つのパス原型を無教師学習で発見しました。
3. 主要な貢献 (Key Contributions)
- 構造的パス分析フレームワークの提案: パスの結果だけでなく、相手の守備組織との相互作用を明示的にモデル化する新しいアプローチ。
- 解釈可能なパス原型の分類: 追跡データから無教師学習により、以下の 4 種類のパス原型を導出。
- 循環的パス (Circulatory): 所有権維持が主目的で、構造的変化は最小限。
- 不安定化パス (Destabilising): 守備構造に小さな位置的不均衡をもたらす。
- ラインブレイキングパス (Line-breaking): 守備ラインを突破し、ディフェンダーをバイパスする。
- 空間拡大パス (Space-expanding): 新たな攻撃空間へボールを移動させる。
- TIV の提案と実証: 構造的影響を定量化する複合指標 TIV を導入し、それが territorial progression(領域の前進)やチーム/選手レベルの戦術スタイルとどのように関連するかを実証。
4. 結果と知見 (Results)
4.1 パス原型と攻撃成果の関係
- ラインブレイキングと空間拡大のパスは、最終サード(Final Third)やペナルティエリアへの侵入確率が著しく高い。
- ラインブレイキングパスは、シュートやゴールへの確率も最も高い傾向にある。
- 循環的パスは、所有権維持には寄与するが、直接的な攻撃前進や得点確率への寄与は低い。
- TIV と攻撃成果: TIV が高いパスほど、最終サードやペナルティエリアへの進入確率が単調増加する関係が見られた。ただし、TIV と直接的な「シュート/ゴール」確率の関係は、領域前進ほど強くはない(構造的な優位性が得点に直結するまでには、さらに意思決定やフィニッシュの質が関与するため)。
4.2 チームレベルの戦術スタイル
- チームごとのパス原型の分布を可視化することで、異なる戦術的プロファイル(例:不安定化重視、循環的混乱、空間拡大、直接前進)を特定できた。
- 構造的に前進的なスタイルを持つチームほど、攻撃生産性(シュート確率、エリア侵入)が高い傾向が見られた。
4.3 空間分布と選手レベルの分析
- 空間分布: 高 TIV のパスは、自陣深いエリア(ビルドアップ段階)から始まり、攻撃的な広域(サイドや最終サードの隅)で終了する傾向がある。
- 選手レベル: 構造的な貢献度が最も高い選手は、主にセンターバック(John Stones, Nicolás Otamendi など)であった。現代サッカーにおいて、守備選手がラインを突破するパスや守備を崩すパスを主導する役割を担っていることが示された。
- パス組み合わせ: 特定のパス提供者と受信者の組み合わせ(例:Otamendi-Messi, Stones-Saka)が、個々の選手の平均 TIV を超える構造的インパクトを生み出していることが判明。また、ゴールキーパーへのパス(リセット)も、守備組織を横方向に移動させ、次の攻撃の機会を創出する構造的価値を持つことが示された。
5. 意義と結論 (Significance)
本研究は、サッカー分析において「結果ベース」の評価から「構造的・空間的相互作用」に基づく評価へとパラダイムシフトを提案するものです。
- 理論的意義: 追跡データから導き出された構造的表現が、解釈可能な戦術パターン(パス原型、チームスタイル、選手役割)を明らかにすることを示した。
- 実用的意義:
- 戦術分析: 相手の守備をどう崩しているかを定量的に評価可能。
- 選手スカウティング: 単なるパス成功率ではなく、守備組織を歪める能力を持つビルドアップ選手(特に CB)を特定できる。
- チーム分析: チーム固有の「空間創出」や「前進」のスタイルを可視化し、対戦相手の分析に活用できる。
既存の行動評価モデル(VAEP や xT など)を補完し、空間的・時間的スポーツデータにおける戦術行動分析の新たな視点を提供する画期的な研究と言えます。
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